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嫌いといじめ。嫌ってもいじめない

mixiで、とあるマイミクさんの日記にコメントをつけていて、ちょっと思ってることをまとめたくなったので、ここでまとめさせてください。自分が書いたコメントも、一部そのまま持ってきてます。

これは、「いじめ」といっても、最初から「人をひどい目にあわせて、それを楽しむこと」を目的としているような悪質な犯罪行為についてではなく、クラスの中でなんとなく嫌われがちな子供が、そのままつらい状況に陥ってしまうケースについてです。

クラスに何十人かいれば、どうしても変な奴とかうっとうしい奴とかキモイ奴とかはいるわけでして、なんとなくみんなから嫌われちゃうことはよくあると思います。
でも、それだけじゃ「いじめ」ではないはずです。
「嫌われてる人」と「いじめられてる人」とは厳然と違うと思うんですが、昨今は、そこですでに混同されてることがある気がしますね。

よく、いじめる側の人間が、「いじめられる奴には理由がある」と言います。うざいとか汚いとか、どんくさいとか頭悪いとか。
それもまた、ものすごい「混同」ですょねぃ。
「嫌われる理由」はいろいろあるとしても、それは「いじめてもいい理由」には絶対にならないはずです。
嫌ってもいいけど、いじめちゃあかんのですよ。

さて、子供たちには、たまには人から嫌われてしまう経験も必要だし、だから人に嫌われるようなことはしないようにしなきゃ、という教訓を得る経験も必要だと思います。
それを今どきは、ちょっと嫌われただけで、すぐ「いじめだ」と騒ぐこともあるような気もしてまして、その辺、それは違うぞと大人が言ってやらにゃいかんと思うんですが、今はそうはなっていませんね。

もちろん、セクハラとかと同様、やられたほうが少しでもそう感じたら、それは「いじめ」である、という定義もわかります。
そこは、嫌うほうの人間の態度の問題でしょうねぃ。シカトしたりなど、あからさまに嫌ってる態度で接したら、そりゃやられたほうはいじめだと解釈することもあるでしょう。

うっとうしい奴やキモイ奴がいて、どうしても嫌いだと思っちゃうのは仕方がないとはいえ、だからといって、そういう人に対してむやみにヒドイことを言ったり、ひどい態度を取ったりしてはいけない。
そこを踏みとどまることが、なぜできないのかという問題ですね。ここが、嫌ってもいいけど、いじめちゃあかんの境界線です。
小学生ではまだ難しいかもしれませんが、中学生くらいからは、当たり前にできるようにならないとヤバイわけっす。

ところが、たいていの大人はその境界線をすっ飛ばして、一足飛びに「みんな仲良くしましょう」「思いやりを持ちましょう」という建前ばっかり言ってる気がします。

人間には感情の機微があります。当然、必ず好き嫌いがあります。
だから、人を嫌いになっても仕方ないわけですが、だからといって、絶対にやってはいけない行為というのがあるぞってところが肝心なわけっす。

嫌ってもいいけど、いじめたりはしない。嫌いな人とも、適当にうまくやる。
それが、人として必要なコミュニケーション能力ですょねぃ。
だから、大人になる前に、嫌いな人との「当たり障りない接し方」とか距離のとり方を学んでおく必要があるわけっす。
だけど、いまどきの風潮では、相手が中学生くらいでもまだ、「仲良くしましょう」といううわべだけのキレイゴトしか大人が教えていない気がします。

嫌いな人、仲良くできない人は、どこにでも必ずいます。
そんなのは、大人になっても同じだし、一生解決しません。
だから、「それでいいんだよ」と認めてあげて、それでもなんとか適当にうまくやっていこうね、ってところを教えてあげないとまずいんじゃないすかね。

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事件や社会」カテゴリの記事

コメント

人との適切な距離のとり方って難しいですよね。
最近自分の人との適切な距離自体を取れない人が多いような気がします。

>ayaさん
ほんとにそうっすね。
「人と人の距離感」は、おらにとってもずっとテーマです。
ネットが発達してからは、とくに。

親も先生も距離感の判らない人がいっぱい居るからねぇ。
子どもに教えろっていっても無理かも。
コミュニケーション能力の低下は著しいと実感してます。
とりあえず自分の子どものコミュニケーション能力だけは確保しないとね~。ってだから、学校で浮いちゃうのかも。(^_^)

ネットってもっと難しいですよね(><)
自分の意思とは違う方向へどんどん進んで行く事もあるし、
やりっぱなし、書きっぱなしってのが横行するし・・・
悪い面ばっかりじゃないけど、それに慣れてしまった子供たちの感覚がおかしくなるのも解りますね(;;)

>kaneponさん
学校で浮いたら、孤高の人になってもいいし、なにげに溶け込んでるフリしてもいいのさ。それは子供の自由だし、それもひとつのトレーニングだね。

>ayaさん
ネットと現実を区別して、それぞれの楽しみ方がわかってるならいいんですけどね。
全然わかってない子供が、ネットのお遊びと現実の人間社会とを一緒くたにしちゃうと、バカが1人出来上がりって感じですねぃ…。

おかげさまで、長男は不登校だし、次男はかなり醒めた中学生に育ってるよん。(^_^;)ま、今のところ、どっちも自分を失ってないから、母としては良かったと思ってる。

>kaneponさん
微妙な選択肢を選んでますな…。

そうそう。
かたや正面切って戦いを挑んでいるヤツ。
かたやクラスの中にしっかりとけ込みつつ、全ての人間と巧く距離を取っているヤツ。
この微妙なところが面白いっすよ。

>kaneponさん
とくに長男さんは楽な選択肢じゃないような気がするけど、それを選んだ意味というのは、これからきっと生きるんでしょうね。

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